どうも坂下組の司馬遼太郎こと
経営企画のH.Yです。
秋の空が、すっかり高くなった。
そんな一日、休みを利用して人吉へ向かった。
人吉は、相良氏七百年の統治のなかで育まれた城下町である。
七百年という歳月は、町のあちこちに静かに染み込んでいる。
神社仏閣が多く、地元では冗談まじりに「浄化町」と呼ぶ人もいるという。

球磨川のほとりを、あてもなく歩いた。

こういう町は、目的地を決めないほうが面白い。
やがて人吉城址に行き着いた。


建設会社に身を置く者として、どうしても目が向くのは石垣である。
電気も重機もない時代、人の手だけで積み上げられた石を眺めていると、
技術というものは、道具の新しさだけで測れるものではないと思わされる。
人吉には温泉も多い。町のなかに、昔ながらの湯屋がぽつぽつと残っている。

湯はトロリとして、いかにも肌によさそうである。
欲を出して顔まで湯につけてみたが、美肌になる前に溺れそうになった。
湯上がりには球磨焼酎を一杯、といきたいところだったが、あいにく車である。
結局、手にしたのはストロベリー味の「ジョア」だった。旅とは、案外こういうものである。
2020年の球磨川氾濫以降、鉄道は不通となり、人吉は以前にも増して「隠れ里」になった。
しかし、隠れてはいても、町の灯まで消えたわけではない。
人は明るく、町には活気があり、七百年かけて育まれた文化はいまも静かに息づいている。
災害で傷ついた土地を、もう一度つないでいく。
その仕事の一端を建設業が担っていることを、あらためて考えさせられた人吉の一日だった。
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